物語はここからが本番で、達夫といい美保子といい、そして合田といい精神的に追い詰められた人ばかり出てきます。彼らを狂気にまで追い詰めるのは、苛酷な労働環境であり、煩雑な人間関係、極度の睡眠不足、嫉妬と羨望、そして真夏の太陽です。「照柿」という色をキーワードに高村薫は3人が少しずつ狂って行くさまを丹念にしつこくしつこく描写し、暑苦しく息苦しいことこの上なし。このドロドロ感は男版「桐野夏生」です。そして、その終点に第3の殺人事件を用意します。
「5日前までは名前も知らなかった画廊に夜中に出かけていって、画廊主の笹井を目鼻も分からなくなるまで殴りつけて殺した。そんなバカげたはなしが・・・」起きてしまうのです。
読者は「そんなバカげたはなしが・・・」起きる理由をつぶさに観察することが出来ます。殺人者は被害者に嫌悪感こそあったものの、殺意も、動機もなく、ましてや突発的な揉め事も生じていません。殺害の理由を読者に納得させる丁寧な背景描写に高村氏の非凡な筆力を感じます。