1ページ目から衝撃的だった。
「めのまえにあるものは、はじめてみるものばかり。なにかがぼくをひっぱった。ひっぱられて、しばらくあるく。すると、おされてやわらかいものにすわらされる。ばたん、ばたんとおとがする」
当時、著者が感じたことを感じたままに思い起こして書き残したのだろう。幼児のような拙い言葉で綴れるた文章は、とても素直でかわいらしい。しかし、恐ろしく残酷なことを告げている。車を憶えていない。窓も知らない。電線も分からない。人も、物も、言葉も理解できない・・・・。分かっていないことすら、分かっていない。
ページをめくれば、著者がどれほど、過酷な状況に置かれていたかが分かるだろう。食べ物もわからなければ、味覚すらも憶えていないのだ。
腹が減れば食べ物を食べればいいという事も、満腹になれば食べるのを止めればいいということも分からない。
何も知らない。何もわからない。時々、断片的に記憶がよみがえると、自分じゃない誰かが勝手にしゃべりだすような感覚に囚われる。孤独、孤独、孤独。ひたすらに孤独。居場所がない・・・。
しかし、だからと言って絶望しているわけではない。「初めて」触れるあらゆることに、驚きと感動がある。分からないから、知らないから感覚を全開にして、全てを感じ取ろうとする。それはまるで、生きるとはどういう事かを教えてくれているようだ。
これは、記憶のほぼすべてを失った人間が、家族や友人、そして恩師に支えられながら、記憶を失ったまま社会人として自立するまでのドラマだ。最後まで読むと、きっと胸が熱くなるだろう。