この書籍は2012年に国連人権高等弁務官事務所が2011年に国連人権理事会で「性的指向と性自認に関する決議」を賛成多数で可決したことを受けて、国際連合の活動として公式に発行された啓発文書の邦訳で、翻訳自体は正確で良識ある内容ですが、性的指向と性自認(いわゆるLGBT)の問題に関して「国家に課せられた義務」として、「すべての人間の自由と平等を実現する憲法上の不断の努力」の一環としては、その核心部が欠けている点で大変残念ながら至らない点があります。その核心部に不可欠であるのは、2006年に国連のオブサーバ資格を有する国際法律化委員会が作成した「性的指向」と「性自認」の定義を含め、欧州人権裁判所の判決を含め国際機関の判例法を基に国際人権規約と女性差別撤廃条約や障害者権利条約を含む人権条約の内容を再構成した性的指向と性自認に関する国際人権法の適応に関する文書であるジョグジャカルタ原則です。
この原則には、自由権規約で非常事態でも不履行が許されない重大な人権である第16条の法的承認の権利を根拠とする「個人の自己規定された性自認が、性別適合手術や不妊治療、ホルモン療法をその条件とされずに法的な性別変更を承認すること」(第3原則)や「いかなる性的指向(同性愛、両性愛を含む)と性自認(トランスジェンダーを含む)も、それ自体は精神的な病気ではなく、その意識を抑圧されない」こと(第17原則)、更に社会観規約の「到達目標な最高水準の健康」を踏まえた「性別適合手術とホルモン療法を法的に正当で非差別的な医療行為とし、その利用と事後のケアについて容易に受けられること」(第18原則)など具体的に性自認が出生時に割り当てられた性別と相違する人の人権確保のため国家が行うべき義務が詳細に記されています。この原則は(国連難民高等弁務官事務所のサイトに「国連は承認していないものの」同事務所が2008年に発効した「性的指向と性自認を理由とする難民救済に関する手べき」にその定義がそのまま引用されるなど、国連加盟国の思惑で未だに拒絶される過酷な現実にあっても、日本も賛同した2008年の国連総会声明や2011年の国連人権理事会決議の前提としてあり、更に本書で言及部分が訳されている欧州評議会もジョグジャカルタ原則を積極的に活用するよう2009年以降逐次、決議文書を採択しています。この文書の全訳補充は不可欠です。