自分が一番気に入ったのは「野」という作品です。
購入して以来、数十回は読んでいると思います。
昔日の散策の回想、木馬の幻想、本を小脇に抱えた書生の姿、
校舎、雀たち、それらが何だか夢でも見ているような筆致で描かれます。
作品のために事件を起こしてやろうという余計な計算はそこにはなく、
ただ淡々と、胸臆裏を去来する想いを書き留めていくタイプの私小説です。
就寝前に読むと、そのまま気持ちよく、自分の夢の中へと移行できます。
心が疲れているような時にも、よく開きます。
タイトルになっている「聖ヨハネ病院にて」も、面白いです。
描かれている事柄自体は、世間では不幸に属するものであるはずなのに、
なぜか、陰惨な空気は全くなく、如上の「野」同様、
全体、夢でも見ているような、フワフワとした口吻で語られており、
むしろ、院内での生活が、楽しげに見えて来ます。
やはり、疲れているような時に、漫然と開いて眺めています。