今の時代にこそ佐藤泰志の文学は必要だ。再評価が進む2020年代を、彼は草葉の影でどう見ているのだろう。佐藤泰志の筆は間違いなかった。ただ、時代が彼に理解を示さなかった。佐藤泰志が書いた海炭市は、今や日本のありふれた情景だ。
海炭市の群像劇。冒頭は、兄妹の陰惨な状況から物語が始まる。首を項垂れたくなるような事情を抱える登場人物が殆どだが、妙な柔らかさと、希望すら感じられる。人々の一挙一動に、海炭市の情景が差し込まれている表現のためか。海炭市という一つの生き物が、自らに住まう人々を見守っているかのよう。その視点は佐藤泰志自身の視点でもあるのかもしれない。