線を引きながらよんでいたら、線でいっぱいになってました。
あの世の証言が生々しいです。自殺したり、惨殺されたら、その無念さはどれほどだろうと思います。死に追い込んだ相手への憎しみは計り知れないです。でも私はなぜそう思うのか、考えたことなかったです。「もう自殺はしたくありません」「今はもう、恨みすら何もありません」と証言する人たちは、なぜそう思うんだろうと思います。報われたからでもなく、裁かれたからでもなく、反省させられたわけでもなく、死んで生まれ変わったことを覚えているだけなんだと思いました。「責めるべきは時空そのもの、いい換えれば宇宙全体のシステムです」と、ひたすら調査し続けてる著者の言葉に、じーーーんと胸打たれます。村の人たちが20歳を過ぎて自宅に自分の棺を用意することには驚きました。赤ちゃんに産着を用意するように、自宅に棺を用意してるみたいだって思います。「生と死」を対立じゃなく、そのまま受け入れた生活をしてることに、ものすごい衝撃を受けました。「この世に善悪があるのは、あの世にないものがあるからだ。それは・・・」に一番キました。そして「証明する気などない」という著者は、「生まれ変わりの村」の証言から、次々と仮説を作っては崩していきます。私はそうやって、どこまでもひたすら問い続けられるんだろうか、自分がこうだと信じてきたモノを手放せるだろうかと思います。たったひとり調査し続ける著者は「科学の法則に例外は存在しない」といいきるほどに時空(神)を信頼してるんだって思いました。・・・私はこれまでずっと今の状況は自分で決めてきたと思ってきました。でも生まれ変わりの村の人たちは、何も選べないし自分では決められませんと言います。自分では決められなくても、この本を読むことができたこと、死ぬまで(たとえ死んでも)この証言と著者を、ずっと覚えていたいって思いました。