『イワン・イリイチの死』は、ラストで人が死を迎える瞬間を書いています。人は誰もが死を迎えますが、しかし誰もその体験を記録することは出来ません。よくここまで書き切ったと思います。ここについては巻末の解説が詳しく、かつ納得いくものになっています。
私がこの一冊で強く印象に残ったのは、『クロイツェル・ソナタ』のシーン。主人公が妻を殺した直後に一瞬だけ見た、妻と仲良く過ごす夢。それは、彼の心の最も奥底にあった望みそのものだったのではないかと思います。映像的でありながらも、文学でしか表現できない余韻だと感じました。
トルストイは長編小説が多いのですが、短編も彼の思想が凝縮されており、おすすめです。