ふうちゃん、梶山先生のようにわたしたちは歴史的な出来事を記憶することではなくて、そこから事実を知り、考えて、自分の生活に生かさなければならない。沖縄の歴史、「1972年沖縄返還」そんなこと知っていても役に立たない知識。そこに沖縄の人が、何を考え、どんな気持ちだったのか全く心を寄せようとしていなかった。梶山先生はそれをふうちゃんや学級の子どもから気づかされ、反省して学ぼうとする。わたしもこれを読んで、「知らなければならないことを、知らずに過ぎる」ことはないように、事実を知って考えなければならないと思った。ふうちゃんのお父さんの心の病気は沖縄の戦争によるトラウマ経験から。沖縄の戦争に限らず、戦争は本当に終わっていると言えるのか考えずにはいられない。一方で、都会や現代人は戦争は過去のものであり、自分とは一切関係のない出来事で、そこで失われた命は個人の死で、自分には全く関係のない死だと思っているのではないか。つらくて悲しいことは、忘れてしまいたいけれど、「世界一やさしい」おとうさんは、多くの悲しい思いをもつ沖縄の人を自分の中に住まわせ、それゆえ病気になってしまったんだ。ふうちゃんのおかあさん、おじやん、お店の常連さんたちは、悲しいことを目をそらさずに、向き合い、自分のものとして受け入れて考えてきた。それが、他人へのやさしさにつながっているんだ。つらくて悲しい経験は、他人の痛みを分かち合う強さでもある。