手塚治虫の作品には、大人向けで、陰惨なものが時折あり、それを「黒手塚」というのだそうです。手塚治虫氏御自身は、あまりそのような作品を好んでいらっしゃらないご様子で、「黒手塚」作品の『アラバスター』に対して、「どうしてこのような作品を描いてしまったか分からない。余程心身が疲弊していたに違いない。今読めばこのような作品は大嫌いだ」と発言しておられましたが、その『アラバスター』、読者からしてみれば大層面白いんですねこれが。この『鉄の旋律』他2短編もまた、「黒手塚」で陰惨でありながら、時には奇想天外な漫画ならではの発想を交えて、やはり描いておられるのは「人」なんですね。人間の持つ暗部を、時に赤裸々に描き出す「黒手塚」作品の存在は、例え作者自身が「嫌い」と評しても、それがあるからこそ余計に手塚治虫は素晴らしい、と思えてしまうのだと思います。表題作はマフィア関係、短編2作は政治、政情関係。今の漫画に欠けた何かがここにはあります。解説は水野英子さん。